アート・ドキュメンタリー
映画祭の企画者として
清宮真理
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私がユーロスペースという、渋谷にミニシアターを持つ映画配給会社に入ったのが約6年前のことです。それはまた、アート・ドキュメンタリーという映像のジャンルとの出会いでもありました。以前から、“アートに関する映像”(その当時はまだアート・ドキュメンタリーとは命名していませんでした)を集めた企画ができないものかと考えていた社長から、一冊のカタログを見せてもらった時の驚きは今でもよく覚えています。こんなにたくさんアーティストに関するドキュメンタリーがあるんだ。でも、どうしてそれについて何も知らなかったのだろう。それにどうしてどれも日本で見る機会がないのかしら。何故、アート・ドキュメンタリー映画祭を企画されたのですか? とのご質問を受けることがありますが、その答えは、甚だ単純ながらそれにつきます。とはいうものの、最初の出会いが結果に結びつくまでには多少の時間がかかりました。
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「マネー・マン」より
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1994年の3月、極寒のモントリオールで開催されるアート・フィルム・フェスティバルに初めて行って以来、長短合わせて200本以上のアート・ドキュメンタリーおよびアーティスツ・フィルムを見ているかと思います。最初にモントリオールに行った時は、まだ日本でどのように展開するかも見えていない時期で、作品選びというよりは、一体どんなものやら見てこようかという気楽なものでした。それが、大興奮、大感激。今でも私にとってのベスト1作品とも言えるナイジェル・フィンチ監督の「ルイーズ・ブルジョワ」、気に入って日本公開にこぎつけた「ジョエル=ピーター・ウィトキン――消し去れぬ映像」「マネー・マン」「J=P・レイノーの家」「レベッカ・ホルン」「ビル・T・ジョーンズ」などは全てこの年に観たものです。
映画祭に各国の作品が並ぶ中、圧倒的に多いのはフランス、イギリス、アメリカが製作したものですが(モントリオールの場合はもちろんカナダの作品が多いのですが、残念ながらあまり面白いものはないのです)、私が一番好きなのはイギリス、中でもBBCが製作したドキュメンタリー作品です。私もそうでしたが、皆さん、BBCと言うと、ニュースや社会派、ネイチャーもののドキュメンタリーぐらいしかイメージできないのではないでしょうか。しかし、実はアート・ドキュメンタリーばかりを放映する、"OMNIBUS"と"ARENA"という枠を2つ持っています。それぞれジャンルは問わず、ARENAの方がより現代的で先鋭的なものを扱っています。
もちろん、一概には言えませんが、アメリカのドキュメンタリーは構成はしっかりしているが教育的で面白味にかけ、フランスは逆に個人の思い入れが強すぎて、独創的な反面青くさかったり、何を言いたいのかわからないことがあると思われます。そして、イギリスは、両方の良いところをとって、なおかつ毒のあるイギリス的ユーモアをちりばめた作品が多いのです。BBCも、自社ディレクターによるものだったり、外部のディレクターだったり様々ですが、毎年傑作をモントリオールに送りこんできます。もちろんコンテンポラリーな作品も刺激的ですが、例えばどちらかというと悲劇的な匂いのあるジェリコーの絵画「メドゥーサの筏」をモチーフにコミカルなドキュメンタリーを作り上げるのは、イギリス人ならではの芸当だと思います。先に挙げたナイジェル・フィンチ監督というのもBBCで大胆なアート・ドキュメンタリーをたくさん作った人ですが、昨年エイズで亡くなってしまいました。彼の作品およびBBCのドキュメンタリーは、いつか必ず日本で特集上映を実現させたいと思っています。
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ユーロスペース/
アートドキュメンタリー映画祭のパンフレット
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ところで、岸本さんが作り手であるならば、私は作家でも評論家でもない、企画・配給をする人間として今後もアート・ドキュメンタリーに関わり、語っていくつもりです。ほとんど趣味のような企画だとしても、マイナーな劇場だとしても、やはりビジネス的側面から作品を見ることは配給者にとっては不可欠です。しかし、どれほど計算・検討・熟慮をした企画でも、そこに「何か」がなければ人を動かすことはできないことも実際やっていて痛感します。そして、私がその「何か」を感じ、共鳴したアート・ドキュメンタリーに共通することがあるとしたらそれは、創造すること、続けていくこと、そして生きていくことに注がれる凄絶なまでのエネルギーのように思います。被写体がアーティストだから、そこに描かれているのはたまたま芸術だったけれど、それは私たちと同じ人間の営みの一つであることに違いはなく、彼らのしつこさ(もちろん、いい意味での)が私自身にも「続けていく」ための原動力を与えてくれるのです。そして日本でアート・ドキュメンタリーを認知してもらうためにも、岸本さんともどもしつこくあろうと思います。
今年もまた、第3回アート・ドキュメンタリー映画祭の準備が始まります。
(1997.8 きよみや まり/ユーロスペース)
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