荒木隆久の撮影日記1
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川俣さんについて
私が今、よくビデオを撮らせてもらっているアーティストの一人に川俣 正という人がいます。一躍この人が名をあげた“ドクメンタ9”の前年に、岡山の牛窓という所での制作風景を撮らせていただいたのが始まりでした。
残念ながら、そのドクメンタには行けなかったのですが、それに続いてのニューヨーク・ルーズベルト島でのプロジェクトでは、アパートに3ヶ月くらい転がり込み、廃材集めのトラックを運転しながら撮影しました。
その後、国内外でのいくつかのプロジェクトや展覧会等を撮らせてもらっています。
そんな川俣サンの最近のプロジェクトの一つに、福岡の田川という昔の炭抗町での「川俣正コールマイン田川」という計画があります。昨年から10年程の計画の中で、この4月から5月にかけて、2人のカメラマンのコラボレーションによる写真展が開かれました。一人は炭坑をテーマにして写真を撮り続け、川俣サンのヨーロッパでの制作や作品撮影も手がけたこともあるレオというカメラマンで、もう一人は、現代美術の現場を撮り続けている安斎サンです。
ビデオとスチール。このフォーマットの違いは、同じ対象に向かい合うものでも、その姿勢に大きな開きが出ますが、安斎サンから学ぶべきところは尽きないように感じられます。川俣サンにとって安斎サンは、ずっと活動を見守って来てくれた、良き理解者であり、助言や時には厳しい注告も飛び出す存在のように見えます。
これから先、アーティストの登場や社会の中での存在のしかたも変っては来るのでしょうが、いっしょに育っていける、同年代で力のあるアーティストに出逢いたいと思っています。
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撮影中の荒木隆久
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6月9日、月曜日、小雨。
どうやら関東地方も梅雨入り宣言がなされるような天候の下、徹夜明けのねむい目をこすりながら、成田空港へ車を走らせ、いつもの30分前とかではなく案外早く到着。一週間と2日ぶり、ベニスヘ向けて出発。チエックインカウンターの長い列に「うわぁーっ」と思いながら近付くと、なんとあの安斎大先生がいつものあの風貌でこっちを向いて手を振っているではありませんか。
やはり飛行機は満席。通路側に座るために、たばこは吸わないのですが、喫煙席で席を確保したところが最後列。しかしそこは地獄に仏? 安斎サンも同列に(隣でなくて良かった)。たいくつになると“ca-va,ムッシュゥー?”とか言って楽しませていただく氏を尻目に、離陸したのにも気付かず、食べてる時以外は口開けてずーっと寝てました(これはいつものことか)。その安斎サンは、ビジネスクラスから呼び出しがあったと思ったら教え子の方だったり(その方はてっきり安斎サンがファーストクラスにお座りだろうと探したけど見当たらず、呼び出したとのこと)、2回も機内でアナウンスが流れ、一躍有名人に。さすがー。
そうこうしているうちに、まぶしい程の日差しが降りそそぐフランクフルトに到着。ここでいろいろと情報いただいて安斎サンとはお別れ、でドイツ入国の(日本のチェックインカウンターの比ではない)列へと突進して行かれました。又、ミュンスターでもお世話になりまぁ〜す!。
−いつもより少し長い6月9日− つづく。
(1997.6 あらき たかひさ/アート・ドキュメンター)
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