|
DV8フィジカル・シアター「エンター・アキレス」
|
35作品。巡回先12都市。延べ入場者数31,000人。総ビデオ販売数22,000本。過去3回のアート・ドキュメンタリー映画祭が生み出した数字である。この数字を構成する要素一つ一つが、私にとってはとても愛しく、とても大切なものだ。果たしてこの数字がどの程度のものか、その判断はともかく、世界広しといえども、これだけ多くの都市でアート・ドキュメンタリーの特集上映が行われている国は他にないと断言してしまおう。
例えば、パリとドイツに拠点を持つ監督兼プロデューサー、ハインツ=ペーター・シュヴェルフェル(「レベッカ・ホルン」や「ブルース・ナウマン」の監督、「ボルタンスキーを探して」「マネー・マン」のプロデューサー)と話をしている。“ユーロスペースが出しているビデオタイトルの中で売れ線はどの作品?”“そうね、(残念ながら)現代美術関連より写真やパフォーミング・アーツ、ファッションに関するものが売れるというのは万国共通のようだけれど、「ジョエル=ピーター・ウィトキン」はベスト&ロング・セラーかな。”彼の目が丸くなる。“日本ってすごいところだね。”
|
ルー・リード:ロックンロールハート
|
アート・ドキュメンタリー(に限らず映画そのもの)の制作環境が整っていないと嘆いてばかりいてもしょうがない。それほどに、日本の観客は何でもOKという柔軟性をもってそこに存在していることだけは確かだと思えるから。確実にアート・ドキュメンタリーは増殖している。もちろん、生の音楽、生の絵画、生のインスタレーション、生の舞台、生の写真、生の洋服、生の建造物にかなうものはないという絶対的な真理があることは確かだ。でも、別の側面から見れば、アート・ドキュメンタリーほどいい意味で混じりやすく、アクセスしやすい世界もないだろう。どれほど酔狂なコンサート・プロモーターでも、ルー・リードとボーイ・ジョージとジェルジ・リゲティを同じステージにあげる人はいないはずだ。映像だからこそ、それが可能になる。
というわけで、第4回アート・ドキュメンタリー映画祭である。先にあげた、音楽界でそれぞれ独自の地位を築いている3人の男性のドキュメンタリーが控えている。まずは、ルー・リード。言わずとしれた、ロック界のカリスマだ。最近でこそ、映画「ブルー・イン・ザ・フェイス」などで親しみやすい顔を見せているが、アンディ・ウォーホルがプロデュースした伝説のバンド“ヴェルヴェット・アンダーグラウンド”でデビューしたリードの、以来30年におよぶ“ワイルドサイドを歩きつづけた”キャリアを追った初めての、そして決定的なドキュメンタリーなのだ。
|
KAKIBAKA The Film(黒田征太郎)
|
ボーイ・ジョージは、80年代バブル期に青春を送った人ならば、好き嫌いを超えて忘れがたいバンド“カルチャー・クラブ”の両性具有的リード・シンガーである。奇しくも今年はカルチャー・クラブ再結成の年となったが、ジョージの栄光と挫折を率直に描いたドキュメンタリーだ。ポップスターであると同時に人一倍正直で傷つきやすいひとりの青年のポートレートでもある。そして、リゲティは、前衛音楽の巨匠。トランシルヴァニア(現ルーマニア)に生まれ、ナチの迫害を受け、西側に亡命した彼の、流浪するコスモポリタン・アーティストそのものの生涯をその音楽とともに辿る旅。それぞれ、ロック、ポップス、現代音楽のイコンが揃った感がある。
そして、愛すべきホモエロティックな写真家&画家の最強コンビ、ピエール&ジル、時代の寵児、ファッションデザイナーのジョン・ガリアーノ、現代アメリカ文学界の人気者ポール・オースター、イギリス的な毒とユーモアに彩られた演劇的ダンス・カンパニー、DV8フィジカル・シアター、木材を使った大規模なインスタレーションで知られる、日本を代表する美術家、川俣正、イラストレーター黒田征太郎のライブ・ペインティングの記録、飛ばない飛行機を作りつづけるベルギー人アーティスト、パナマレンコ、そしてもちろん、われらの岡部あおみと岸本康共作による元具体美術協会の田中敦子。
彼らが、まるで異なる分野から飛び出して、同じ舞台に立ってくれる日が待ち遠しい。
(1998.10 きよみやまり/ユーロスペース)
制作記、コラム一覧
|