第19回モントリオール国際美術映画祭

                                 岸本 康


 今回のモントリオール国際美術映画祭は数日遅く始まったので、前半こそ雪が降ったが後半は暖かだった。暖かと言っても、夜はマイナスになる。
 バンクーバー経由で到着すると午後10時を回る。ホテルに着くと11時頃になってほぼ24時間の長旅の疲れがどっと出るが、今回はちょっと違った。今回スポンサーになっていたホテルがとても良かったので、それだけで少し疲れが取れた。旧市街の北側にあるそのホテルは古い建物の内装をリニューアルして昨年オープンした新しいホテルで、部屋も広く、ベッドも大きく、音のいいCDプレーヤーもあれば、ADSLのインターネット回線が部屋に来ていて大変快適だった。本来1泊の料金が380ドルだったのを見たときは、着てきた服を間違ったと思ったが、来年も是非このHotel Place d'armes(プラスダーム)にオフィシャルホテルになってほしい。

"LE MESSIE"の一コマを
映画祭のプロモーションに使っていた
 さて、映画祭は例年通りモントリオール美術館でのオープニングで始まった。オープニングの映画は"LE MESSIE"と題された強烈な120分で、ヘンデルのMESSIEの曲とともに地球上の宗教の滑稽さや矛盾、またそこから来る惨事までを織り交ぜたもので、タブー視されている事をダイレクトに見せていたため大変物議を醸していた。現代においても宗教がきっかけにこれだけの空転が起こっている事を直視させるのは、やはり芸術なのだろう。
 オープニング上映の後は、美術館のホールでカクテルパーティー。初めて来た時は、ただキョロキョロするだけだったが、少しばかり知った顔も増えて楽しい一時を過した。

 滞在中の午前中、私はゲーテ・インスティテュート(映画祭の会場の一つ、ドイツ文化センター)のプレス上映に通った。それは連日朝9時から午後1時ごろまであって、審査員は勿論のこと熱心なプレスや参加者で賑わっていた。休憩時間にいただくコーヒーがなかなか美味しい。ウォーマーに入っているのにこんなに美味しいコーヒーはここ以外にないと思う。プレス上映は関係者だけなので、お互いに見た映画で良かったものなど、ちょっとした情報交換の場でもあるし、我々出品者にとっては自作上映の宣伝の場でもある。この映画祭には出品者だけでなく様々な美術関係者もやって来る。美術館のプロダクション、プロデューサー、配給会社の人など様々だ。今回日本からは私だけで、ちょっと寂しい。

映画祭ディレクターのRozonと筆者
 10日間の滞在で35本の映画を見た。寒い中、次々に映画をハシゴしてトライアスロンの様だが、これもお仕事。そんな中で気になった作品をいくつか挙げてみる。下記はカタログの掲載順で良かった順番ではない。

「ARTHOUSE: THE COWBOY AND THE ECLIPSE」
 ジェームス・タレルのドキュメントで、とても色が美しい。温厚そうな人柄と光をテーマにした作品を美しく紹介している。
「FRANK GEHRY: AN ARCHITECTURE OF JOY」
 ブラックウッドの作品としては、解説的でなく建築家の心情が出ていた。個性的な建物のためか、映像も美しい。
「L'HOMME DE VERRE」
 チャイコフスキーの心理をダンスを用いて美しく仕上げていて、もっとも映画的に画面が作られていたと思う。ホモセクシャルであったらしい彼の、妻や恋人への想いと葛藤を、ダンスという表現を使い美しく面白く描いている。
「IMAGINE THE WORK」
 ヘルシンキ美術館のプロダクションの人が個人的に作った作品。素朴ながら女性らしさと胸の想いを画面に伝えていて良かった。やっぱり、作り手の想いが伝わる事というのはいいなぁと思わせる作品。Helena Hietanenという作家の人の髪の毛を使った作品に興味を持った。

"LIMON"で参加のMalachi(中央)
「LIMON: A LIFE BEYOND WORDS」
 すでに戦前にアメリカモダンダンスの先人だったホセ・リモンのダンスは驚き。30年代にあの様に踊っていた人がいたと知っただけでも私には新鮮だった。監督は30代半ばで7年間この作品に費やしたとか。監督はなかなかの好青年。NYからかわいい彼女といっしょに来ていた。
「MARKUS LUPERTZ」
 ドイツの若手ディレクターが制作。私の友人が率いるケルンのカオス・フィルムの作品。素朴な作りだが、8ミリフィルムの映像などを折り混ぜた見せ方がなかなか良かった。同じ枠の上映のシュベルフェルのより印象的だった。
「LE MESSIE」
 オープニングでも上映された。地球上の様々な宗教の矛盾を徹底的にヘンデルの曲「LE MESSIE」にのせて見せるもの。たまに出てくるテロップに意味がある(らしい)。宗教行事やそれにまつわる犯罪や戦争をダイレクトに描写。紛争地帯で瀕死の人を次々に突き刺したりする残虐のシーンは見たくないものがあった。統一教会の結婚式の映像もどこからか入手して使っている。ゴミ集積所のトラックからなだれ落ちてくるゴミに群がる子供たちの映像も強烈。
オーケストラ、合唱のシーンは美しい。この曲をこんな風に思って聞いた人はいないと思う。120分は疲れた。
「ONCE UPON A SLEIGH RIDE」
 Leroy Andersonのドキュメンタリー。よく知られた彼の曲のフレーズ、オーケストラの意表をついた構成など、笑わせるものがあって楽しめる。エド・サリバンショーの映像などを使っていてとても愉快だった。インタビューに小沢征爾が出てくる。

"ORLAN"の監督、Stephan(中央)
「ORLAN, CARNAL ART」
 自分の顔を整形して作品にしているORLANのドキュメント。整形してゆく手術もすべて見せるというえぐいもので、途中退席する人が結構いた。場面場面のインパクトがあるが・・・。監督は30代後半のなかなか普通でとても真面目な人。
「OSCAR NIEMEYER」
 最初、建築の形から円盤が飛んできて、なんと操縦しているのが建築家本人というのが笑わせる。しかし本編は少し単調。
「PLAISIRS/DEPLAISIRS」
 シュベルフェルの監督にしては良くなかった。つなぎのイフェクト音が単調で安物くさい。
「REBUILDING THE REICHSTAG」
 すばらしく良く出来ていた。建物の歴史と再構築の意味と、その建築のユニークさ、作家の面白さを多角的に描いていた。長い時間と費用がかかった作品である。BBCが若手監督を起用し入念に作り上げた作品。ドイツものをイギリスが作るとこうなるのかと唸らせる作品。
「SANYU」
 本人を回顧するときに、登場人物が限られていて、特にオークションの女性のキャラクターが目だってしまって、作品があまりきちんと紹介されていなかった。
「THE UNTOLD BIOGRAPHY OF TSUGUHARU FOUJITA」
 NHKスペシャルらしい作りだが、細かな解説を少なくしていて、できるだけインタビューと映像でつないでいたので感心した。ただ、とても制作費がかかっている点においては、うらやましい。
「DANIEL BUREN」
 近作を紹介しているが、全体的にテレビ番組のような作りで、少し長く感じる。ダニエルの話も長い。
「NOBUYOSHI ARAKI」
 荒木の声と写真のイメージだけで構成されている。フランス語の吹き替えで荒木の声がかき消されて彼の雰囲気が出ていない。これと同じシリーズで杉本博司のもあるが、そちらは静かな感じで合っていると思う。
「PARADISE NOW: PICTURING THE GENETIC REVOLUTION」
科学と芸術をテーマにした展覧会の回顧。なかなかユニークな切り口だが、作品は割とまじめ。ディレクターの2人のキャラクターが強烈。NYからポンコツ車で来ていた。6時間で来られたらしい。車のフロントグラスには奇妙な動物の骨やタツノオトシゴなどがコレクションされていた。
「REBECCA HORN IS TRAVELLING」
 落ち着いた雰囲気でレベッカを紹介していて、なかなか良かった。この作品ではレベッカは英語を話している。
「ROTHKO'S ROOMS」
 幾つかの美術館やコレクターの家にあるロスコの部屋を見せながら、彼の家族の話やコレクターのインタビューが登場する。多くの美術館がロスコの部屋を持つが、普段見られないコレクターのロスコの部屋が美しかった。
「YOKO ONO」
 インタビューが完全な対話式なので、少し長く感じるが、過去の映像を多用していてた部分で助けられていた。この作品は既に日本では公開されている。オノヨーコのインタビューはやはり日本語の方がいいものがあると思った。

Art NewspaperのDavidと
コレクターのAnthony
 今回の映画祭の全体を通して振り返ると、テーマは別にして、あまり斬新なつくりのものがなかった。ドキュメンタリーはオーソドックスな作りだと、何本も見るとつまらなく感じてくる。特にナレーションと音楽で構成が固められていると、内容が良くても単調に思えて来る。
 アートドキュメンタリーに何かしら芸術性を要求するのなら、そのスタイルにもオリジナリティーが求められるということだと思うし、できればそういう映像に出会いたい。しかしその出会いは、昔レコード店で、一枚一枚レコードを試聴させてもらって、たまたまピンと来るレコードに当る確立と似ている。今はまだ映画がネットで配信されるまでの古き良き時代なのかも知れない。
 来年は記念すべき第20回で、参加している美術館も何かそれに合わせて催し物を考えているそうだ。是非来年も参加してみたい。

モントリオール抄録
 少し遅めのランチをとるためにカフェに入った時の事。ちょっと下町感覚の元気のあるウエイトレスの女の子が働いていた。私は昼食を食べながら店に入って来る人たちを眺めていたら、常連客らしいおじいさんが入って来た。ウエイトレスの女の子は親しげに英語で楽しそうに話してて、テーブルに案内し、注文のコーヒーを届けていた。しばらくすると今度は白髪のさらなる御老人が杖をついて入ってきた。この人も常連さんらしい。彼女はこちらの人にも御老人にも親しげに話しかけてコートを脱ぐのを手伝ったり、ちり紙で鼻をかむのを手伝ったりしていた。そこでの会話はフランス語だった。モントリオールはフランス語圏だけれども英語を話す人もいる。若い人たちの多くはみんなバイリンガルで、私が思うにどちらもネイティブだ。瞬時に切り替えて使っているのには驚かされる。
 彼女は、御老人が注文したコーヒーとパンケーキをテーブルに運ぶと、手元が震えている御老人のために、砂糖はいくつ?、クリームは・・・とやさしく聞きながらコーヒーにそれらを入れてかき混ぜて、パンケーキにもバターを塗って「さあどうぞ」と差し出した。その瞬間、御老人は彼女の手を取りキスをした。彼女は笑いながら「この人いつもこうなの」ともう1人のおじいさんに照れ臭そうに目をやった。
 何か本当の意味のバリアフリーを見た様な気がした。バリアフリーという言葉を聞くと、建物の段差が無い事を最初に思い浮かべていた私は、またこの街に教えられた。

バリアー‐フリー【barrier free】*広辞苑ではこう書かれている。
身体障害者や高齢者が生活を営むうえで支障がないように商品を作ったり建物を設計したりすること。また、そのように作られたもの。


(2001.3 きしもと)

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