(旧ADP news、コラム等)


パリ取材記―湯山 ななえ

ポンピドゥーセンター ニューメディア

 1999年6月某日、ニューメディアの取材に行く。このセクションは、ポンピドゥーセンターにある国立近代美術館に属していて、主にビデオやCD-ROMといったメディアアートのコレクションを管理している。また、こういったメディアを使って作品をつくっているアーティストの制作にも携わっている。ニューメディアのオフィスは、ポンピドゥーセンター横の通りをわたってすぐのビルの中にあった。片面が全面ガラス張りの仕切りのないスペースに机や棚が所狭しと置かれていて、壁にはニューメディアで制作した作品のポスターが貼ってある。モンドリアン風のひじ掛けイスが置いてあったりもする。ポンピドゥーセンターの改造後もこういったオフィスはこのまま使うのだそうだ。センターの展示スペースをより多くとるためにオフィスは外におくほうがいいということらしい。
 今回の取材では、幸運にもこの部門の責任者でキュレイターのクリスティン・ヴォン・アッシュさんにインタビューすることができた。クリスティンさんは、50代半ばといった感じの陽気な方でとても忙しそうだったが、快くインタビューに答えてくださった。

ニューメディアのオフィス

  ニューメディアは1986年に設立された部門で、当時はビデオ作品の購入や管理が主な仕事だった。一方でポンピドゥーセンターは編集室や音響設備の整ったスタジオをアーティストに貸していた。そのうち、誰にでも貸すというのではなくて、実力のあるアーティストに貸して、ポンピドゥーのコレクションに加える価値のある作品をつくってもらうほうがいいと考えるようになったそうだ。技術や設備を提供する代わりに、完成した作品はポンピドゥーのコレクションにする。こうして、ナム・ジュン・パイクやブルース・ナウマン、ダグラス・ゴードンなどの作品が次々とコレクションに加えられていった。ポンピドゥーのような巨大な文化センターが手がける仕事としてふさわしいやり方だ。
 現在のプロジェクトとして最も力を入れているのは、インターネット上にこれらのコレクションを公開する「百科事典」を構築することで、ケルンとジュネーヴの美術館と協力して進めている。去年からすでにインターネット上で見られるようになっていて、実際にこのサイトをつくっているピエールさんが私たちの目の前で見せてくれた。英仏独の3カ国語表示で、作品とアーティストの経歴、参考文献、インタビューなどがアーティスト名から検索できる。映像作品が多いだけに、インターネット上で作品の一部を動画で見ることができることの意義は大きい。クリスティンさんによると、今後3年間でこの百科事典は6000ページにはなるので、もはや紙の上では不可能なスーパーカタログが出現することになるという。
 この取材の後、ポンピドゥーセンターのプレスの人に会うことになって、その建物までオリヴィエ君という研修生が案内してくれた。彼は映像を勉強している学生で、夏休みを含めた4ヶ月間、ニューメディアで研修しているのだそうだ。お金はもらえないけれど、実際に仕事をさせてもらえて満足していると言っていた。スタージュと呼ばれるフランスの研修制度は、正式な雇用を促進しないということで問題ありと言われているが、学生の間に実務経験ができるということは貴重なことだと思う。

建築家ジャン・フランソワ・ボダン氏

 今回のパリ滞在での最大目的は、パリ市立近代美術館を撮影することだったのだが、この美術館の建物の改造の歴史を知ることも目的の一つだった。
 開館当時から現代美術の展示と内装の担当をしているギレーヌ・ジェルマンさんに、美術館の歴史についてお話を聞くことができた。彼女は「最近の改装のことをくわしく知りたいのなら、やっぱり建築家に聞くのがいいでしょう。」と言って、90年代の改装を手がけた建築家ジャン・フランソワ・ボダン氏へ直接電話をかけてくれた。

ボダン氏のアトリエのあるマレ地区

 こうして建築家のボダン氏のアトリエでお話を伺うことになった。ボダン氏のアトリエはマレと呼ばれる洒落た界隈にある。通りの大扉を開けて中庭に入るとすぐに正面の扉が開き、ボダン氏自ら迎えてくださった。ボダン氏はとても静かな落ち着いた紳士で、京都には行ったことがあると言って濃いエスプレッソを勧めてくれた。こちらの話も静かに聞いてくださり、「それでは、始めましょうか?」と語り始めた。
 その話は哲学的で途切れることが無く、建築家の仕事とはという話から始まって、パリ市美の改装の話、美術館を改装するにあたって重要視されるべきこと、そしてパリ市美の今後の姿についてと30分以上続いた。段差のある部分に斜面ではなく階段を使い、車イスの人のためにはエレベーターを設置したこと、どんな作品にでも対応できるようにシンプルな照明システムを取り入れたこと、壁面には石膏を使ったことなどが語られた。特に印象的だったのは、必然性のあるコースを作るということと、展示室が作品を選ぶのではなく、作品が展示室を選べるようにするべきだということ、そして美術館で働く人達の環境を整えるという話だった。
 インタビューが終わって雑談をしている時、ボダン氏は「ヨーロッパには古い建物がたくさん残っていて、いわばストックがあるから自然にそれを利用する。でも日本の風土ではそういったことはないだろうし、全く違うのだから同じ方法が通用するとは思わない。」と言った。確かに古い建物を再利用することが当たり前のヨーロッパと、木造建築の歴史をもち地震のある日本とを同じようには考えることはできない。けれども、たとえ新しい建物であっても、改装することによってよりよい空間になるのだとしたら、日本でも十分に応用できるのではないか。ボダン氏が現在取り組んでいるポンピドゥーセンターも20年たった時点で大がかりな改装に踏み切った。来年の開館が楽しみだ。

(1999.10 ゆやまななえ/ウーファー・アート・ドキュメンタリー/アシスタントプロデューサー/フランス語圏担当)