(旧ADP news、コラム等)


第3回アート・ドキュメンタリー映画祭―清宮 真理

 映画祭の企画・運営の中で、もっとも楽しく、同時にもっとも辛いのが作品選定のプロセスでしょうか。もちろん、決まったら決まったで、権利交渉、字幕制作、印刷物の制作、宣伝、チラシ巻きから、ビデオ発売の準備まで、時間的余裕のまったくない中ひたすら忙殺される日々が待っているのですが、それも心から愛せる作品があればこそ乗り切れるというものです。これまで日本でほとんど公 

バルテュス
 BALTHUS THE PAINTER 1996 イギリス

開されなかったことも手伝って、当初、尽きることのない泉のように思えたアート・ドキュメンタリーの数々ですが、自分の好みと、見にきてくれるだろう人たちの好みを天秤にかけ始めると、その数はおそろしく減っていきます。ああでもない、こうでもないと、自信を持ったり失ったりしながら作品ラインナップをいじる日々が続きます。ただ、2回開催してみてわかったことがあるとしたら、セレクションする側の作為など、はるかに超えたところに観客が存在しているということでしょうか。
 試行錯誤の末、第3回アート・ドキュメンタリー映画祭でご紹介することになった作品が対象とするアーティストは、今世紀を生き抜いた、ヨーロッパの貴族階級出身の怪物的兄弟から、現代サブカルチャーの本場アムステルダムの新鋭映像作家がとらえた全身にタトゥーを入れたパフォーマンス・アーティストやニューヨーク・アートシーンの若き寵児まで、実に様々です。
 今回の一方の目玉といえる貴族出身のアーティストこそ、20世紀最大の幻想画家といわれる「バルテュス」です。その静謐なエロティシズムの世界には日本でも多くのファンがいます。今年89歳のバルテュスは筋金入りの偏屈じじい(これはもちろん愛情と敬意をこめての発言ですので誤解なきように――若い頃はその超然とした風貌がとても素敵です)で、スイスの山荘にこもったままインタビューなど受けないことでも有名です。その山荘にカメラを持ち込み貴重なドキュメンタリーを完成させたのは、やはりバルテュスを愛するイギリス人女性プロデューサーの執念(手紙攻勢)の賜物とのこと。ご存じの通り、彼の奥様は美しい日本人女性で、彼女や娘さんも出演なさってますが、このドキュメンタリーの凄いところはもう一人とんでもない日本人が登場することです。勝新太郎。実は、バルテュスが勝さんの大ファンだったというのは美術界ではよく知られた話だそうです。それぞれに唯一無二の芸術家、というよりも人間同志の邂逅は、ぜひ本編でご覧いただければと思います。そして、バルテュスの兄ピエール・クロソウスキーのドキュメンタリーも予定しています。

ローザス・ダンス・ローザス
ROSAS DANST ROSAS 1997 ベルギー

 また、初の長編劇映画を含め、その監督作品が続々と日本公開待機中のイアン・ケルコフ。彼はアムステルダム出身のカルトな映像作家で、アンダーグラウンド色の強い作品を、フィルム、ビデオ問わず発表しています。自ら音楽やパフォーマンスも手がける彼が、3人の個性的なアーティストたちのドキュメントを撮りました。黒人詩人のケイン、タトゥーやピアシングを取り入れた降霊術的パフォーマンスで物議をかもすロン・エイシー、そしてニューヨークの現代アートシーンの寵児マシュー・バーニー。3部作として一挙にご紹介します。
その他のラインナップを挙げると、「ブルース・ナウマン」「エレクトロニック・スーパーハイウェイ:90年代のナム・ジュン・パイク」「ウェグマンの世界」「写真家ペール・マニング」「ローザス・ダンス・ローザス」「落水荘2:弟子たち」「ソフィー・カルのダブル・ブラインド」(これはいわゆるアート・ドキュメンタリーではなく、アーティストが撮った映画なのですが、とても良いのです。女性必見!)といったところです。

ウェグマンの世界
WEGMAN’S WORLD 1996 オランダ

 そして、忘れてはいけないのが日本の作品です。残念ながら、これまでのところ、それを探すのに苦労せざるを得ないのは、このニュースレターに寄稿されている各氏の文章を読んでいらっしゃる皆様にはおわかりのことと思います。各国のアート・ドキュメンタリー製作事情の中で重要な役割を果たしているのはテレビ局と美術館です。日本の現状を憂えるのはまた別の機会にするとして、今回はBSの放送局WOWOWが製作した2本の作品を上映いたします。京都出身のパフォーマンス・グループ、ダムタイプの代表作を収録、故古橋悌二氏が編集した「pH」。そして、パリを愛しパリに住む日本人デザイナー入江末男さんのプロフィール「La Mode d’IRIE」。もちろん、作品の国籍を問うつもりは全くありませんが、日本で行なう映画祭に日本人が撮ったものがないという状況は作りたくありません。このニュースレターを読んでいらっしゃる皆様の中で、これはというものをお持ちの方は、ぜひ私あてにお声をかけて下さい。お目にかかるのを楽しみにしています。

(1997.11 きよみやまり/ユーロスペース)